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インターナショナル・メディア学院

いんたーなしょなる・めでぃあがくいん

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鈴木愛奈さん
Aina Suzuki
IAMエージェンシー所属

■アニメ
「ラブライブ!サンシャイン!!」小原鞠莉役
「怪獣娘〜ウルトラ怪獣擬人化計画〜」ミクラス役
「鬼斬」静御前役

■ゲーム・アプリ
「結城友奈は勇者である 花結いのきらめき」郡千景役
「Q&Qアンサーズ」オズの魔法使い役
「一血卍傑-ONLINE-」シラヌイ役

第7回全日本アニソングランプリ 全国決勝大会
ベスト3入り

■特技

民謡

 

■資格

民謡初段 英語検定3級

 

■趣味

歌を歌うこと
絵を描くこと
アニメ鑑賞

夢につながるのは縁と運。いつでもつかめるように毎日を大事に。
 
●北海道から上京してきたのはいつごろですか?
札幌の高校を卒業してすぐのことですね。上京後は最初からインターナショナル・メディア学院の東京校でお世話になっています。そもそものきっかけは、IAMさんが全国に教室を持っているってことなんですが、わたしもかんたんに東京に来たりはできないですから、まずはIAMさんの札幌校に行って見学をさせてもらったんです。レッスンまでは受けていませんが、そのときにいろいろ話を聞いてくださって、社長さんともお話をさせていただいて「じゃあウチに来ないか」って言ってもらえたんですね。それで、高校を卒業したら上京して、東京校に来たらいいんじゃないかって。一人暮らしもするとなればいろいろと大変だから、学費のサポートとか、声優の活動がしやすい環境を作ってあげられたらと思っているって言ってくださって。上京するにあたっては親も心配していたのでとても助かりました。それで、両親もわたしもIAMさんにお世話になれたらいいねって考えていました。
 
●インターナショナル・メディア学院札幌校を見学に行こうと思ったきっかけは?
わたしは、もともとアニソンシンガーになりたいなって思っていて、高校二年生の時に思い切って「全日本アニソングランプリ」に出たんです。それをきっかけに、本気でアニソンシンガーになりたいって思うようになりました。それで東京に出たいとわたしが言っても、親は反対しませんでした。「やりたいことがあればやればいい」って考えの親なので、快く送り出してくれたんですけど、どこにお世話になるか決まるまでは、家族みんなでいっぱい調べたんです。いろいろな学校や養成所の資料やパンフレットを取り寄せたり、雑誌とかも見たりしてじっくり考えました。専門学校も考えたんですが、専門学校に行くより直接養成所に入れたほうが、デビューへの道は近いんじゃないか、なんてことも親と話していました。もう家族の全員がわたしがアニソンシンガーを目指すってことは知っていて、どこに行くのがいいのかって考えていたら、「最近IAMさんに新しくアニソンコースができたらしいよ」って親が見つけてくれたんですよ。それならまずは見学に行ってみようかなってことになって、IAMさんの札幌校に行ったんです。
 
●高校時代に出場した「全国アニソングランプリ」はどうだったのですか?
そのときは札幌地区で優勝させていただいて、全国決勝大会に進出できました。そこでTOP3までは残ったんです。もし、そこで優勝できていたら、次の年にアニソンシンガーとしてデビューが決定だったんですけど、残念ながら優勝を逃してしまいました。
 
●プロフィールには「民謡初段」とありますが、これは?
小学一年生、6歳のときから、高校卒業して上京してくる直前までずっと民謡教室で習っていたんです。小さい頃はすごいオンチだったんです。音階とかもブレブレで。そのころは音階を上げても全然音が変わらなかったらしいです。このままだとこの子はヤバいって、親も思っていたほどで。実家は自営業の飲食店をやっているのですけど、そこに民謡の先生が食事にいらしていて、まずはその先生の教室に妹がお世話になるようになったんです。それで次は私が習うようになって、姉妹そろって民謡を習うようになりました。民謡の大会に出るといろいろもらえるんですけど、最初は参加賞のメダルでもワーイなんて喜んでいました。小学3、4年生ぐらいになってからだんだんトロフィーとか賞がもらえるようになってきて。小学校の高学年になって全道大会で優勝して、そこから全国大会にも行くようになり、いろんな大会に出場させていただきました。民謡って歌ごとに大会があって、たとえば「石狩川流れ節」ならその歌の大会というようになっているんです。1人で北海道から出たことがなかったので北海道で行われる全国大会には出るようにしていたら、高校卒業までに4つぐらいの全国大会で優勝をいただくことができました。もしも続けていたらもうちょっとがんばれたかなーって思うこともあるんですけど……。今は違う目標でがんばっていこうと思ってます!
IAMさんが来ていいよって言ってくれて、ここまでやってこられたのは、やっぱり小さいころから親が民謡を習わせてくれていたからだよねって思います。小6から中学2年のころに全然声が出ない変声期みたいな時期があって、そのときはもうやめたいって思ったんですが、それでも親が「やめないで続けてたらまたいつか花咲くから」て言ってくれて、ずっと続けられたんです。それが今になって、わたしの強い武器になってくれて、親には心から感謝しています。
●インターナショナル・メディア学院に来て、すぐにデビューですよね?
 いかがでした?
声優デビューの「アカメが斬る!」ではメズちゃん役でした。あのときのオーディションって上京してインターナショナル・メディア学院でお世話になるようになってから、まだ半月ぐらいの頃だったんですよ。最初にこんな名前のある役をいただけて、とてもありがたかったです。でも、収録ではすごく緊張しましたし、ここで声優の勉強をさせてもらうようになってからすぐのことで声優についても全然知らなかったですから、演技ってこんなに難しいんだって現場で思い知らされました。あとで出演作を見直していると、ああ、もっとこうやってやったらいいんじゃないかなって思うこともあります。その中に、その頃はうまくできなかった台詞があるんです。そのとき音響監督さんに指導されて、なかなか思うように出来なくて、声優お仕事って難しいんだっていうのを思い知らされました。あの日のわたしがいて、今のわたしがあるのかなと思うので、とてもいい経験をさせていただきました。
●今後の目標を教えてください
わたしは養成所の生徒としてインターナショナル・メディア学院を卒業はしましたが、もっともっと勉強しなければならない立場です。こうやって声優をやらせていただいていて、演技をするっていうことが本当に楽しいっていうのが、正直な気持ちです。あのとき「入所してみないか」って言われなければ、「声優やってみないか」って言われなければ、今ここにはいないかもしれません。声に自信がないって言っていた私に、「大丈夫だよ」っていろいろ助言をしてくださったからこそ今のわたしがあるんだなって思っています。声優の鈴木愛奈としてももっとみなさんに知っていただけたり、みなさんを笑顔にすることができるよう一生懸命がんばります。皆さんからいただいた言葉の中にはわたしのような声優になりたいなんて言ってくださる方や、この役がわたしでよかったなんて言ってくださる方もいて、ものすごくうれしいです。いつかは最初の目標であったアニソンシンガーになる夢も叶えたいですから、もっとがんばっていきたいと思っています。これからもよろしくお願いします。
 

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